tears rain [K-side]



ありがとう、僕を守ってくれて。

僕はいつも君という存在に守られていた。

だから、僕も君を守るよ。


――たとえ、僕の命がつきたとしても。


もう傷つくことなんて怖くないんだ。……そして、死ぬことも。




「キラ……どうしてっ…どうしてこんな!?」
「…そんな、顔を…しないで」
心配そうに僕を見るアスランに笑いかける。
今にも意識が飛んでしまいそうななかで必死に微笑んでみせる。

――今、意識を飛ばしてしまったら、きっと君にはもう会えない。

自分の体のことは自分が一番よくわかる。
きっと、これが僕が君といられる最後の瞬間だ。

「ねぇ…聞いてくれる?アスラン」
「…何だ?」
「僕、幸せだったよ。とても……こんなに幸せでいいのかってくらいね」
「それは…嬉しいな……」
泣きそうな微笑みでアスランは言ってくれた。

…もう、それだけで…その言葉だけで僕は満足だよ。



だけど、最後にわがままを言わせて欲しい。
いつか、こんな時が来てしまうことがわかっていた。だから、そんな時のためにどうしても叶えて欲しいことがある。

「ひとつだけ…ううん。ふたつ、お願い…してもいい?」
「ん?」

ねぇ、アスラン。こんなことを言ったら君は怒るのかな……?

「僕を忘れて欲しいんだ」

「ちょっ…ちょっと待ってくれよ!?忘れるなんてそんなこと、無理に決まってる!!」
「僕なんかに君は縛られる必要なんて……無いでしょう?」
笑顔で、言う。
そんな僕とは逆で、アスランは苦しそうな、痛そうな…そんな表情をしていた。
黙ったまま僕を抱きしめている腕の力が少し強まる。


「あともう一つ。……これはすごく矛盾してるって自分でもわかってる。でも、どうしてもこの願いも聞いて欲しくて…。あのね、思い出して欲しいんだ」
…本当に矛盾してると思う。
忘れて欲しいと願いつつも、思い出して欲しいだなんて自分勝手なことを言う。
「思い出す…?何を?」
「僕の、ことを。忘れて欲しいって言ったのに思い出して欲しいなんて変だよね。……でも、年に一度だけでもいいんだ。…時々、僕みたいなヤツもいたんだってことを、思い出して欲しいなって」
言いながらだんだん哀しくなってくる。
……自分はもうアスランと一緒に未来に存在することは出来ないのだと。
だけど、泣くわけにはいかない。
僕はアスランに泣き顔を思い出して欲しいわけではないから。
だから出来る限りの、精一杯の笑顔を君に見せていたいんだ。

「…やっぱり、矛盾……してる、よね」
「…叶えるよ」
「え?」
「それがお前の願いなら叶えるよ」

もう…。君と別れたくないって今更、往生際も悪く願ってしまうじゃないか。
どうして……どうしてそんなに君は優しいんだよ。
「…アスランはいつでも優しい…ね」


――急に体の奥から何かがせり上がってくるような感覚に襲われた。


「…ッ。ゴホッッ……ガハッ。…うぁ」
…目の前が、真っ赤に染まった。
「キラッ…キラ!!」
アスランが僕のことを必死に呼んでくれている。

もう、『その時』が来てしまった?

――君と僕の、お別れの時が。



死ぬのは怖くない。だけど、君と別れるのはすごく…怖い。

あと少し。あと少しだけだから…!
お願い、あともう少しでいいから僕に時間をください。


ふと、僕の頬に何か落ちてきた。……アスランが、ひどい顔で泣いていた。
「泣かない…で?」
「…キラ」
「アスラン…泣かな……いで」
アスランの綺麗な翡翠から止まることなく流れ続けている涙をぬぐう。
どれだけぬぐってもぬぐいきれないほど、涙は止まる気配が無い。

いつもなら立場が逆だから、不思議な感覚だった。


「でも…僕の、ために……涙を流してくれ…る人がいて…うれしい、なぁ」
僕なんかのために涙を流してくれる人がいる。
それも、僕の大好きなアスランが、いつもの彼なんて感じさせないくらいに顔をくしゃくしゃにして泣いてくれている。
…僕って、本当に幸せだなぁ。そう思わずにはいられない。

「〜っ。もっといる!キラのために涙を流す人は。…たくさん、たくさんいる!!」
「そ…うだったら……うれし…いなぁ」

――ツライ。話をするのも、瞬きをするのも……息をすることさえも、ひどくツライ。
だけど、これが最後なのだからと言い聞かせて、今にも消えてしまいそうな命の灯火をギリギリのところで維持する。


「なぁ、キラ。俺もキラの願いを聞いたんだからキラも俺の願いごとを聞いてくれないか?」
「う…ん。アスランは…何を、願うの?」
アスランのお願いって何だろう?僕に出来ることなら何でもしたい。

「キス…してもいいか?」
…意外な『お願い』だった。だけど、キスくらいなら今の僕にも出来る。それに……
「いいよ。僕も……したい」


君との最後のキスはいろいろなことを僕に思い出させた。

アスランと過ごしたたくさんの幸せな記憶。
その中に『戦争』という苦しいこともあったけれど、ツライことばかりじゃなかったから。

君と再会できた。
君と戦うのはとても苦しかったけれど、最終的には一緒に戦うことが出来た。


「アスラン…ありがと」
「ありがとう、キラ」
口唇を離すのが惜しかったけれど、まだ伝えたいことがあるから。
「ア…スラン」
「ん?どうした?キラ」
「ぼ…くのかわりに……見て…いて?」
「何を、見るんだ?」
「世界が……かわってい…く、姿を」

――お願いが二つとか言っておいて、本当はまだたくさんあったんだ。

「あぁ。世界が平和になっていく姿を、キラの分も俺が見ていくよ」
「うん」
…アスランは本当に優しい。
だから、あれもこれもとたくさんの願い事が出てきてしまう。

だけど、何故か急に何も思いつかなくなった。

――僕が、君の『幸せ』を奪っていくから……なのかな?
君の『幸せ』が何なのか僕は本当は知ってる。



……ごめんね、アスラン。



「あ…ぁ、もう……何も言うこ…と……思いつかな…い……なぁ」
だんだんと視界がせまくなってくる。
そんな中で僕が最後に見たのはアスランの泣きながらの笑顔だった。
存在は感じることは出来るのに、見えない。目の前は真っ暗。
少し不安になって、なんとか動かすことの出来る手でアスランを探す。
すぐに僕の手は暖かいものに包まれた。

…アスランの手、だ。
すごく暖かくて手を握っているだけで幸せな気分になる。


いつの間にか雨が降ってきていたようで、ぽつぽつと顔に滴が落ちてくる。


――泣くのを我慢していた僕のかわりに空が泣いてくれたの……?


そんな都合のいいことをぼんやりとした意識の中で思った。





どうしても、伝えたい言葉があった。
僕が愛し、そして僕を愛してくれたアスランにこれだけは伝えたくて。


「アスラン……優し……い愛を、ありが…とう」

――そして、さよなら……アスラン。ずっと大好きだよ。


-end.



後書き。
やっと[K-side]がアップ出来た。実はキラは、アスランの幸せ=キラがアスランの隣に一緒にいること、ということを知っていたんです。

それとtears rainのテーマ『涙雨』。
アスランは自分の哀しみを表してくれていると感じて、キラは泣くのを我慢していた自分のかわりに空が泣いてくれたと感じた。

アスランとキラの『哀しみ』を涙雨で二重に表したかったんです。
うまく表現できているといいなぁと思います。真面目に後書きで語ってみました。




2005/ 4/16